ロンドン・ケンブリッジ

ぼくにとって、旅は基本、1人を意味します。流れゆく人生を見つめ、自分自身の想いへと深く潜り込むために、わざわざ用意した大いなる孤独の時間。そんな自由を旅と呼びます。しかしながら、今回はまったく違っていました。政府のとあるプログラムのもと、窮屈なスケジュールに則り、多くのメンバーとともに、定められた訪問先へと足を運ぶことを繰り返しました。
今になってみると、どうしてこのプログラムに申し込もうと考えたのか、理由が思いつきません。半年前、近所の図書館でたまたま見かけたポスターをきっかけに、イギリスへの派遣が決まりました。事前に研修を受け、参加メンバーと打ち合わせをし、たくさんの調べ物をこなしました。らしくないと言えば、あまりにらしくない過程を経て、旅は形作られていきました。
幸いだったのは、同じ目標を目指すメンバーとの時間が、楽しさで満たされていたことです。自分以外の誰かの想いに、ごく近い距離で囲まれたにもかかわらず、昔のような不快感を覚えることはありませんでした。不自由の中に、軽やかさを見つけられました。
イギリス滞在中、忙しい合間を縫うようにぼくは走りました。ロンドンの路地を、ケンブリッジの川辺を、まだ陽の昇らないうちから駆けました。現れる道の変化に合わせて、息を切らさぬよう、常に心地よさを保ちながら前に進みました。
誰に教えられたわけでもなく、誰に言われたわけでもなく、ぼくは、ぼくの未来を今に変えながら絶え間なく進んでいます。だから、めぐり合うどんな出来事にも、同じように笑いかけられたらと、本気で願うのです。
今回の旅のように、偶然から生まれる今には、大切な意味がいつだって隠されています。例えそこに苦しみや悲しみがあったとしても、その奥には次への鍵が必ずあります。騒がず、囚われず、注意深く見渡したら、ゆっくり走り出せばいいのです。息を切らさぬよう、常に心地よさを保ちながら。











