黒味岳

黒味岳

黒味岳の山頂に腰をおろし、穏やかな風を頬に感じながら、ぼくは眼を閉じました。「黒味岳から屋久島を包む想いを感じたい」。そう願ったのは、もう、10年も前のことです。そして、滅多に思い出すことすらなかったその願いは、あまりにも偶然に、突然に、思いもかけず叶うことになりました。

例えば、愛情や優しさ、夢や希望、憤りや悲しみなど、目には見えない想いに、驚くほどしっかりとした輪郭や手触りを感じてしまうことがあります。それは、ちょっとした仕草に滲んでいたり、声の隙間から漏れてきたり、肌のぬくもりから伝わってきたりします。

ぼくが旅をして山に登る理由は、土地や山に降り積もった形のない想いを、少しでも多く感じたいからです。さも確かなこととして語られる不確かなこと。あたかも明らかなように振る舞う不透明なこと。日常に溢れる、不安が姿を変えたそんなノイズに溺れないよう、自分の足でしっかりと歩きながら、地球のささやきに耳を澄ませていたいのです。