大キレット

北アルプスの南岳と北穂高岳を結ぶV字状に鋭く切れ込んだ岩の稜線、天空にかかる荒々しくも繊細なその吊り橋を大キレットと呼びます。痩せ細り崩れやすくなった岩が連なるそのルートは、毎年何人もの死傷者を出すほど、一般登山道としては異例の難易度を誇ります。
長さは約2km。しかし、その岩稜を渡りきるのに、天候や体調といったもろもろのコンディションが良いときでさえ3時間半以上はかかってしまいます。一瞬にして命を落としてしまうかもしれないという緊張感と4時間近く向き合わなければならないのです。こういった厳しく長いトレッキングの場合、ぼくはいつも以上に山との対話を増やし、また、それ以上に身体との対話も増やすことにしています。
人間はどんな刺激にも慣れていきます。刺激に慣れること。それは、目の前に現れる真新しい今を経験として吸収し、その先の未来に順応していくための、とても大切なスキルです。意識レベルで完全に慣れた刺激には、考える前に、感じる前に、身体が先に反応するようになります。自分の身体が思いもかけないような反応を起こすようになります。山を歩くときにだって、もちろんたくさんの刺激を受けています。身体との対話を繰り返すことで、山でのさまざまな刺激の性質に慣れ、1つひとつ、身体が対処法を生み出していきます。
次にどこへ踏み出したらいいか、どの岩をつかんだらいいか、意識的に頭で考えるより、足や手に聞いた方が断然いい。次の一歩に対する最良の選択は、身体がイチバンよくわかっているのです。頭の中に蓄積した経験則は大事だけれど、身体がはじき出す目前の状況への分析と対応に勝るものはありません。
「頭で考えることが最善」と刷り込まれたぼくら現代人には、自分の心を満たす感情や、身体を貫く意思を、頭で算する思考以上に信じることが難しくなってしまいました。頭で認識できることなんて、本当は、驚くほどちっぽけです。つじつまの合わない心の導きや、想像を超える身体の判断を、もっともっと、信頼できるようになりたいです。これからの厳しい時代を生き抜くためには、人間が進化の過程で眠らせてしまった心や身体のセンサーを、もう一度、取りもどす必要があるとぼくは感じています。












