鎌倉

鶴岡八幡宮で参拝をしたあと、海へと向かう参道を歩いていました。朝の澄んだ空気は陽光に照らされ、少しずつ、ぬくもりを取り戻していきます。秋から冬にかけての朝の時間がぼくは好きです。空気の緊張感が増して、透明度があがってくる。背筋をスッと伸ばして歩きたくなるような冷気が心地いいからです。
ぼくはずっと誰かや何かを「信じる」という行為が苦手でした。どこかで自分自身を含むすべてを信じず、まやかしとごまかしとはぐらかしのゴチャ混ぜの中に埋もれて生きてきたのです。けれど、嬉しいことに最近は、自分や目の前にいる人達のちょっと先の未来を、根拠もなく信じられるんですね。大丈夫なんだと無条件に強く感じてしまいます。
とても不思議なのですが、目の前の人の未来を信じるということは、自分の感じている想いそのものを信じるということにつながっています。相手の未来を信じている自分を信じるという構造です。そしてこの構造はすごい力を生みます。誰かを想えば想うほど、信じれば信じるほど、今の自分に対する肯定も強まる。そんな風に気づけた瞬間、すごく楽になったと同時に、とてつもない力が湧いてきたような感じがしました。
