賀茂別雷神社

八咫烏(やたがらす)が気になっていました。日本神話において導きの神として登場する八咫烏は、熊野本宮大社をはじめ日本のいたるところで信仰の対象として祀られています。神話そのままに導かれるような強い感覚。その奇妙な吸引力は、日に日に強さを増しました。京都へと向かいました。八咫烏とゆかりの深い賀茂別雷神社を詣でるためです。
京都の市街地の北端に、上賀茂神社の通称で知られる古社、賀茂別雷神社はあります。これまで何度もお参りさせていただきましたが、雨に降られたのは今回がはじめてでした。神社やお寺、山や滝などといった大切な場所を訪れる際、あらかじめ雨が続いていたり、急な雨に打たれたりする場合があります。それは、魂から促される禊(みそぎ)なのだと、ぼくは感じています。
古い傷とそこに刻まれた痛みの痕跡。犯した罪の重さや拭い去れない後悔。ぼくにとっての禊とは、そんな魂の苦い記憶と向き合う行為を指します。八咫烏、そして、賀茂別雷神社を包む雨が導いてくれたのは、魂からの願いでした。
雨を通じて魂は訴えます。無意識の奥深くへと沈めた自分のカケラ達を拾い集め、もう一度、あるがままをすべて想い出せ、と。自分らしさなど幻想。常識や正義は偏見。好きと嫌いは想い込みでしかない。知らず知らずのうちにかけ続けてきた色眼鏡は捨てればいい。その先で本当の自分と再会するために。