茅ヶ崎


ゲームが変わる。そう感じたのは去年の暮れでした。例えば、これまでの人生ゲームがサッカーだったとするなら、近い将来バスケットボールへと変更になる。根拠などまったくありませんが、そんな感覚を強く覚えました。ゲームが変われば、当然、ルールも変わります。磨いてきた得技も、愛着あるユニフォームも、丁寧に手入れした道具類も、身につけたマナーや美意識も、残念ながら役に立たなくなります。

お気に入りの品が誰かに壊される。健康な身体に不調が出てくる。大切な存在が眼の前から姿を消す。慣れ親しんだ日々は移ろいはじめています。そのうねりは平等にすべてを飲み込むため、抗ってみたところで何の意味もありません。これは新しいゲームへの移行を促すための変化なのだと、ぼくは感じています。

お金。人間関係。地位や名誉や権力。洋服、車、宝飾品。意地とプライドとこれまでの自分。大好きな(もしくは大嫌いな)もの達への執着は不足感から生まれます。足りていない。そんな幻想を動力源とした壮大な追いかけっこは終わりを迎えるようです。何かが欲しい、誰かが必要という不足への思い込みは、寂しくても、怖くても、嫌われたとしても、感謝とともに手放さなくてはなりません。

他の誰かにとってではなく、自分にとっての充足とは何なのか? これからを生き抜くための問いへの鍵は魂との共鳴です。身体の奥から響いてくる魂の願いに耳を澄まし、自らの望みと丁寧に照らし合わせ続けるなら、きっと、新しい人生ゲームにも満ち足りたままに順応していけるはずです。

強烈な日差し。激しい風。荒々しい波。にもかかわらず、海とたわむれるサーファーの皆さんは笑顔でした。逃れられないタフな変化へと心を決めて飛び込むこと。できれば自らの意思で、できる限り楽観的に。茅ヶ崎の海が見せてくれたのは、自分だけの今を堪能するためのお手本でした

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