旭岳

北海道の最高峰、旭岳。まだ10月頭だというのに、5合目の登り口は雪で覆われていました。濃い霧で視界が悪く、風は身体を叩くように通り過ぎていきます。どこかで油断していました。過信がありました。標高はたったの2200m、頂上まで迷いようがない真っ直ぐな登山道を、いつものように楽に登れてしまうだろうと、軽い気持ちでいたのです。
歩を進めるごとに積雪量は増え、風もその勢いを段違いに強めていきました。時おり見える青空から届くのは、いつものような励ましではなく苦笑いばかり。気づかないうちに、山とぼくは離れていました。1人で登るからこそ感じる山との一体感を、今日はまったく感じられません。そして、つながりを実感できないことに気づいたとき、とてつもない恐怖が襲ってきました。
圧倒的な孤独。誰もいない足跡1つない雪道を歩きながら、ぼくは恐怖で支配されていきました。追い討ちをかけるように、鋭い氷の風が生気を失った心を切り裂きます。9合目、あと少しで山頂へつくというところまできて、とうとう恐怖はぼくのすべてを飲み込んでしまいました。目の前の状況を冷静に判断することができず、山とのつながりを見つけようとともせず、そこからは逃げ帰るような下山のはじまりです。
信じられない強風、はじめての登山コース、慣れない雪道、強まる遭難の危険性・・・ 自分を正当化する理由を山へと一方的に投げつけながら、ぼくは下り続けました。けれど、そんな言い訳には意味がないことを、山は無言で訴え続けていました。登りの時間の半分もかからず登山口へと戻ります。すぐに飛び込んだロープウェイの発着所では、あたたかいコーヒーを飲みました。心と身体に満ちたのは安堵ではなく消沈でした。
山は恐いです。空も、風も、雨も、雪も、雲も、太陽も、なにもかもがむき出しの山では、隠しておきたい半端な自分すら、全部、丸裸にされてしまいます。今の自分に、もっと謙虚になりたい。自分の今へと、もっとしっかり準備をしていきたい。限りない白さの中で突きつけられた恐怖を、ぼくは、忘れないようにと誓いました。
