十勝岳

十勝岳に登りました。北海道の十勝連峰を代表するこの山には、2年前の10月初旬に1度トライをし、荒天のため登頂できずにいました。1人きりで山に入り、目の前にそびえ立つ巨大な相手と対峙するとき、一切の責任は自分にあります。身体と心、そして山との対話を繰り返しながら、次の一歩を自分で判断していくしか術はありません。前回は冷静な判断ができなくなるほど山の勢いに気圧されました。想像を遥かに越える速度で悪化していくコンディションに、感情と思考が恐怖で真っ黒に塗りつぶされてしまいました。

ぼくは「自己ベスト」という言葉が好きです。今、この瞬間まで歩んできた自分をありのまま肯定しながら、より楽しく、美しく、しあわせで充実した一歩先の自分へと変化していくプロセスには、実のところ、他人の意見や世間一般的な常識など必要ありません。自分だけの価値観、尺度、信念さえあればよいのです。それまでの自分が持つ感情、肉体、思考のどこか一部分を、ほんの少しでも乗り越えていく、組み替えていく。その作業に集中しきることでしか、本当の意味での「自己ベスト」は生まれてきません。

過去の自分をやわらかく抱きとめ、新しい自分を力強く創造する。それはとても単純な生き方です。しかしながら、単純であるがゆえの厳しさを常にはらんでもいます。自分自身にとって正直であり続けることは、どうしてこんなにも難しいのでしょう。時おりぼくはその重圧から逃げてしまいたくなります。誰かの忠告や社会的な正しさに責任を押しつけ、自分の正直な想い、真摯な行動を捨て去りたくなります。虚偽、不自由、窮屈・・・ そして、踏み出す一歩の持つ本来の目的、その意味を見失ってしまうのです。

厳しい冬山へと変貌を遂げつつある十勝岳は、前回と同じく雪と氷に覆われ、稜線上には吹雪が激しく唸っていました。あのとき目を背けた山頂への道を、今はしっかりと見据えることができます。雲が切れると澄んだ青空の下に山頂が顔を出しました。その道をぼくは、ぼくだけのために歩きました。1歩、また1歩、そこには真っ新な自分が生まれました。

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