涸沢カール

穂高連峰の東には氷河が成長と共に岩肌を削り取ってできた深い谷があります。涸沢カールと呼ばれるこの圏谷は、奥穂高岳、北穂高岳といった日本を代表する3000m峰へのベースキャンプとして、多くのハイカーで季節を問わず賑わっています。

ヒュッテのテラスに座り、穂高の稜線を眺めました。春夏秋冬いつ訪れても涸沢は美しいです。けれど、その美しさと同じように、恐さもそこにはあります。美しさにも、恐さにも、理由などありません。若葉、青空、嵐、朝靄、紅葉、深雪、どんな表情を見せようと、ただ、そこに、あるがままであり続けているから、涸沢は美しく、そして、恐いのです。

長い長い時間の中で、涸沢は、数え切れない程の命を育み、また、奪ってもきました。笑顔も、涙も、喜びも、悲しみも、平等に受け止めてきました。

唐突に、涙がこぼれました。理由を見つけられない涙が自分の中から溢れるとき、ぼくは、ここにはいないぼく以外の誰かの想いを代弁しているのだと感じています。嬉しいだけの涙でもない、悲しいだけの涙でもない、様々な感情が少しずつ溶け込んだ涙を、ぼくの目の前にある存在へと、今、ここにいることのできない人達の代わりに届けているような気がするのです。

理由の無い涙が止まると、決まって胸の奥の方からあたたかさがやってきます。今、ここに生かされている奇跡と、目の前にある美しさと恐さを讃えながら、ぼくはしあわせを身体中で受け止めていました。

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