四国

国内外を頻繁に歩き回るようになって6年、想像もつかなかった出会いに恵まれて、ぼくの旅は豊かさを大きく増しました。ぼくは人づきあいが得意な方ではありません。旅は独りがほとんどだし、旅先において自ら積極的に関係を求めることも無いです。それでも、出会うべき人とは出会ってしまうから不思議です。いつまでも続くかのようなしなやかなつながり。はかなくもすぐに消えてしまう束の間のすれ違い。どちらの出会いからも、目には見えない大切なものを、ぼくはたくさん受け取っています。
四国でも出会いがありました。白装束に身を包み、自分だけの「路(みち)」を自分の足で歩くと決めた人達との、一瞬で過ぎ去ってしまう出会いです。少しずつ前へ進む彼らの横を、ぼくは車で走り抜けました。声をかけ、次の目的地まで送るのは簡単だけれど、あえて誰にもそうしません。自分だけの「路」をいく人にとって、目の前の困難を取り上げる手助けなど無用だからです。
2つの道を同時に歩くことができないように、自分の人生と、誰かの人生の、両方を生きることはできません。にもかかわらず、自分の今から目を背けているときほど、傍らで思い悩む人に手を差し伸べ、他人の今へと逃げ込んでしまいたくなります。そんなときぼくは自分に言い聞かせるのです。「自分以外の人の笑顔」は「自分自身の笑顔」の延長線上にしかない。自分の笑顔を後回しにするその場しのぎなど、弱さでしかないのだ、と。
すれ違いざま、覚悟と共に歩む背中に向かって、ぼくは心の中から無音のエールを送ります。もちろん彼らは気づきません。けれど、誰かを想い繰り返す願いは、いつか彼らの心に触れ、そしてまた自身の心へ戻ってくると、ぼくは強く信じています。目には見えなくても、手でさわれなくても、想いはどこまでも行き渡り、何度でも巡り来るのです。
足摺岬に立ち海を眺めると、風がぼくの横を通り過ぎます。心の奥のスクリーンに、ひとつ、またひとつと顔が浮かんできました。傍にいてくれる人の、遠く離れた人の、もう二度と会えない人の、そして、自分自身の顔が。
ぼくはもう一度、音の無いエールを響かせました。彼らが、ぼくが、いつも自分の「路」を歩いていけますように。目に見えるものに惑わされ、決して迷子になりませんように。