立山

立山は雨でした。頭上を灰色の雲が覆い、前日の澄んだ青空のかけらすらありません。足早に引き返してくる先行パーティーの姿が徐々に大きくなるのが見えました。けれどもぼくは、シャーベット状に溶けた雪の一本道を、滑落しないよう慎重に歩を進めていきす。

山へと頻繁に登るようになって3年が経ちます。平日、休日、関係なく時間が自由になるぼくは、これまで天気のよい日ばかりを選び山を歩いてきました。自身の性質を火のように苛烈だと感じているせいでしょうか、雨だけでなく水に関係するもの全般に対して、ぼくは子どもの頃から苦手意識を持っています。そんなことも手伝い、よほどのことが無ければ雨の山を歩くことを避けてきました。

山に入る直前、妻からメールが届いていました。「雨と仲良くね」と、そこにはありました。ぼくのイメージする彼女は限りなく水に近いです。出会ってから15年が経つけれど、ことあるごとにぼくは水のような彼女がわからなくなりました。水はその内側へいろいろな想いを溶かすのが上手です。でも、外側に向かって積極的に表現しようとはしません。彼女の奥へと飛び込み、たくさんの想いが眠る場所まで潜るのは、ぼくという火にとってとてつもない恐怖を伴います。それでも、彼女という水を少しでも感じるため、わからなくなる度にその奥へと手を伸ばしました。

火と水。その限りない矛盾に調和を求め、ぼくは自分と彼女の両方を知ろうとしました。自分を知り、その上で相手を知ろうと努めるなら、水の中でも火はその熱を失わずにいられます。けれど、自分自身の、そして、目の前の相手の本質を知ろうと試み続けるのはとても辛い作業です。強くなりたい。何度となくそう願いました。火が火であることに誇りを感じ、水が水としてあることに喜びを感じてもらえるような関係をつくりたかったのです。

雪の上を歩きはじめてから30分、一の越にたどり着きます。稜線上に雪は無く、ここから雄山の頂上までは、岩と砂利がむき出しになった急な道を歩かなくてはなりません。雨は激しさを増しています。山小屋に余分な荷物を置き、ぼくは駆け上がるように岩場を登りました。身体の奥から熱が溢れ、手に、足に、力が燃えます。容赦のない雨に打たれても、ぼくの身体はそのぬくもりを保っていました。嬉しい。知らないうちにぼくはぼく自身を、雨という水を、前よりも深く知っていました。

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