南八ヶ岳縦走(厳冬期)

山登りをするようになってからずっと、八ヶ岳はぼくにとっての先生です。夏の縦走、テント泊、雪山といった経験は、すべて、八ヶ岳と一緒に積んできました。あたりまえですが、八ヶ岳は言葉を発しません。けれど、風や、光や、雨や、雪や、木々や、虹や、雲などを使って、雄弁に語りかけてきます。
八ヶ岳の話を理解しようとすること。それは、今ここにいる、ありのままの自分自身を理解しようとすることにつながります。どこまでも未熟で不完全な自分と向き合う行為は、いつも少なくない痛みを伴います。それでも、その痛みを認めて、受け入れて、抱きしめてあげるところまでが、八ヶ岳の望む「山登り」なのだと、ぼくは感じています。










