屋久島

屋久島は女性性の島です。昔から山岳信仰の聖地であり、島全体が女性器の象徴として崇められてきました。受け入れて、産み出すこと。それを繰り返しながら、世界的にも珍しい生態系と、美しい自然景観を、優しく、抱きしめるように育んできました。
樹齢数千年のヤクスギが静かにたたずむ森を歩きます。しっとり濡れた森の空気に心と身体を溶け込ませると、光と影が揺れて、ぼくを包む今がキラキラと輝きます。屋久島の森を歩くのは、艶っぽい女性に見つめられて、瞳の奥へと誘い込まれるような感覚に似ています。とどまれず、気がつけば、深入りしてしまうのです。
何度もため息が出ました。色、音、香り。屋久島の森では、すべてが澄み切っています。ぼくという人間の穢れを、嘘を、すべて飲み込んで、ありのままにある自然。ぼくもこの自然の一部のはず。なのに、湧き上がるこの違和感はなんだろう。いつからぼくは、自分を自然から切り離して生きるようになってしまったのでしょうか。
2時間ほど森を歩き、太忠岳の頂上にたどり着きます。山頂には大きな大きな岩がありました。天柱石と呼ばれる高さ約40mの花崗岩をよじ登れば、眼下には、屋久島の心臓部とも言える緑の山並みが広がります。空と森の間に腰を下ろして、ペットボトルの水を飲み、おにぎりを食べました。幸せで身体が震えました。
帰り道には紀元杉へと立ち寄りました。樹齢3000年以上の老杉が黙ってぼくを見下してきました。害を及ぼすウイルスと戦い続けゴツゴツになったその太い幹に、ヒカゲツツジやヒノキ、ナナカマドなど、19種類の植物を養っている紀元杉。屋久島という母親から愛されながら、自らも他の命をつなぐ大木は、何を想い、何を感じ、長い時を越え生きてきたのでしょう。彼女の言葉で話すことができたら、いったいどんなことを、伝えてくれるのでしょう。





