穂高岳

穂高岳山荘の前で道は分かれています。涸沢へと下る歩き慣れた道。北穂高岳に伸びる不確かな道。立ち止まり、胸に湧きあがる感情に耳を澄ませます。踏み出すべきはどちらの道なのだろう。息を落ち着かせ、時間をかけて声を聞きます。
繰り返し響いてくるのは恐怖です。恐怖は目の前に現れた何かによってもたらされるわけではありません。それは常に、自分の心に潜む過去の傷から生まれる幻。そしてその幻は、多くの場合、容易に振り払うことのできない重度、密度を持っています。
あのときの自分を繰り返すようで恐い。新しい失敗を重ねるのが恐い。独りになるのが恐い。恐い、恐い、恐い。しかし、恐怖とはあくまでも幻でしかありません。その事実を忘れないように気をつけながら、彼らの声を抱きしめ足を前に出します。ゆっくりと、着実に、未知で満たされたルートへと踏み込んでいきます。
















