赤岳(残雪期)

赤岳山頂直下にある山小屋にたどり着くと、たまらずベンチへ座り込みました。軽い頭痛と吐き気、典型的な高山病の症状が出始めていました。この冬に重ねたトレーニングによって、少しばかりついた体力を過信した結果がこれです。休息、水分、糖分に塩分。今朝からの長いトレッキングには、すべてがまったく足りていませんでした。
日々の営みの中で、不思議なほど簡単に自分は「自分」を見失ってしまいます。主観と客観のバランスを崩してなんでもない出来事につまづきます。日に何度となく覗き込む鏡には、残念ながら、顔や身体といった目に見えるものしか映りません。けれど、本当に確認したいのは、目に見えない心の姿勢や想いの純度だったりします。
目に見えない、そんな大切なものの輪郭を実感したくて、ぼくは山に登ります。自分の今へと導かれるように現れる山は、その瞬間を生きる自身の心と身体を、ありのままくっきりと浮かび上がらせてくれます。今日の赤岳も例外ではありません。心根から取り切ることの難しい、弱さや、驕りや、恐さや、狡さを、余すところなく引き出してくれました。
改めてベンチに座りなおすと、深く、大きく、息をつきました。水を飲み、空腹を満たしました。見上げればすぐそばに赤岳があります。赤岳は眩しかったです。雲ひとつなく澄んだ空に、初夏の緑と残雪の白をまとった輪郭が、つよく鮮やかに浮かび上がっていました。ただ、ここに在ること。等身大の自身を受け入れ静かに呼吸を重ねること。その姿は、ちょっと言葉が見つからないくらい、凛々しく美しかったです。